2025年2月14日
鈴木 寛(日本スポーツ政策推進機構理事 兼 スポーツ政策研究所長)
- 調査・研究
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2025年2月14日
鈴木 寛(日本スポーツ政策推進機構理事 兼 スポーツ政策研究所長)
現在、2025年に、スポーツ基本法を改正すべく、関連の議論が進んでいる。スポーツ基本法の前身であるスポーツ振興法は、1964年の東京オリンピック開催を見据え1961年に制定された。
2009年9月に文部科学副大臣(スポーツ担当)に就任した筆者は、翌10月コペンハーゲンで行われたIOC総会で鳩山由紀夫総理、石原慎太郎都知事らと共に、2016年オリンピック・パラリンピックの東京開催をめざし招致活動に臨んだが、リオデジャネイロに敗れた。帰国後直ちに、筆者は、文部科学省内にスポーツ立国戦略会議を立上げた。それまで筆者が提案していたアイデアを洗練させ、スポーツ権の創設、トップスポーツと地域スポーツの好循環、国際スポーツ大会招致の円滑化、スポーツ庁創設などを盛り込んだ「スポーツ立国戦略」を文部科学省としてとりまとめた。その数年前から遠藤利明衆議院議員らを中心に進められていたスポーツ振興議員連盟におけるスポーツ振興法改正の議論と、スポーツ立国戦略の提言を合体して、スポーツ基本法案(新法)としてとりまとめ、議連の中心メンバーによる議員立法の形で国会に提出し、2011年、東日本大震災の直後に、スポーツ基本法は成立した。
2020年東京オリンピック 開会式 (写真:フォート・キシモト)
基本法制定の意義と効果は絶大であった。まず、基本法がなければ、スポーツ庁は絶対にできなかった。基本法の附則にスポーツ庁設置に関する条文を盛り込み、それがスポーツ庁創設の大きな根拠となった。スポーツ基本法をあえて政府提出ではなく議員立法にした最大の理由もここにあった。つまり、政府提案の形では、行政組織のスクラップ・アンド・ビルド方針を厳守する財務省などの反対でスポーツ庁設置を法律の条文に盛り込むことは困難であった。閣議決定を経る必要がない議員立法であればこそ、スポーツ庁設置を法律に明記することができた。
スポーツ基本法がなければ、東京オリンピック・パラリンピックの招致も難しかった。基本法ができる前は、国際大会招致に立候補するたびにいくつかの政府のコミットメントを閣議決定する必要があったが、いつも、財務省の文言修正により国際社会にアピールできるようなパンチの効いた文言で了承をとることが困難であった。財務省の立場に立てば、招致に成功するかどうかわからない大会に政府の関与を予め約束するというのも無理な相談であった。そこで、基本法の条文に、あらかじめ国際大会の立候補に必要な条文を盛り込むこととした。法律は閣議決定より重いので、以後、オリンピックをはじめあらゆる国際大会の立候補への関門の一つがなくなった。
財政支援についてもスポーツ基本法に盛り込んでおいたので、それを根拠に2019年ラグビー・ワールドカップの成功に不可欠であったサッカーくじからの大規模な助成も可能となった。
このように大きな役割を果たした基本法だが、その制定から約13年が経過し、この間、ラグビー・ワールドカップや東京オリンピック・パラリンピックをはじめ様々な大規模国際大会の招致・開催を終え、国立競技場の建て替えも完了し、当初の目的を概ね果たした現在、改めてスポーツの意義を問い直し、これからの時代の変化を乗り越えていくためスポーツ基本法の改正が必要となっている。
国会や日本スポーツ政策推進機構などの周辺では、基本法改正の議論が盛り上がっているが、様々なスポーツの現場で、改めて、スポーツの意義を議論していただく必要がある。実は、スポーツを取り巻く現状は厳しく、少子化と若年層のスポーツ離れが進むなかで、これまで通り社会全体でスポーツを応援してくれ続けるかどうかは全く定かではない。
スポーツが、経済、健康、地域活性、教育において大きな役割を果たすことは従来の基本法でも明記してきた。これらのことを徹底するとともに、このたびのスポーツ基本法改正にあたり、日本スポーツ政策推進機構での検討において重視したのは、近年、OECDや国連なども重視しているBeyond GDP、Well-Being(幸福度、WB)に関するスポーツの貢献可能性である。WBは、2023年に富山・金沢で開催されたG7教育大臣会合の宣言においても、2023年の秋の臨時国会の岸田総理(当時)の所信表明演説でも、近年の骨太方針(閣議決定)においても、しっかりと盛り込まれている。
実際に人々のWBを向上させるために、スポーツは絶大なポテンシャルを秘めている。WBの向上には、つながり・連帯と自己決定・自己表現がカギになるといわれているが、スポーツはそのいずれの観点からも、効果が期待できる。
WBの大前提である平和についても、オリンピック停戦など、スポーツは大きな役割を発揮してきた。これまでスポーツは、経済波及効果からその意義が語られることが多かったが、今後は、WBの観点・文脈から、人々の真の幸せをスポーツが創り出せる可能性を、関係者がもっと強く意識して、それぞれの現場で展開をしていくことが期待される。